○その他の詩
2007年03月11日
うらやましい?永遠の結婚
インド人女性、恋人の死体と結婚
恋人が井戸に落ちて死亡してしまい、悲しみに暮れるインド人女性(22)が、
火葬の直前に彼の死体と結婚することを申し出た。花嫁は結婚の契りを交わすまで彼の遺体を手放さないと話していた 。
両親は最初結婚に反対していたが、最終的には彼女の意志に従い結婚式に参列。結婚式はヒンズー教の伝統に則って行われ、男性の死体は火の側に置かれた。
数名が結婚を祝う歌を歌い、その後に彼の遺体は荼毘に付された。グジャラート州アナンドの地元警察官は、
「花嫁衣装を着て数分後、彼女は未亡人となってしまいました」
とコメント。
宮沢賢治の作品から
「 かの人もし思わざらば
我も苦しくはあらざらんを」
宮沢賢治33歳ごろの詩です
賢治は37歳で独身のまま亡くなりましたが
プラトニックな恋へのあこがれを持ち続けたようです
このインド人女性の話は哀しく涙を誘います
一生未亡人として生きようというこの女性の生き方は
まるで藤沢周平の小説に出てくる女性をみるようです
彼女は一生分の恋の炎を燃やしつくし
残りの一生を、静かな愛の世界に身を置いたのでした
彼女をうらやましいという人も多いのではないでしょうか?
2007年03月04日
宇多田ヒカル夫君の未熟な離婚コメント
宇多田ヒカルの夫が語る孤独をお互いに抱えた結婚生活
3日に歌手宇多田ヒカル(24)との離婚が明らかになった映像作家の紀里谷和明氏(38)は、
4年半の結婚生活の末の離婚についてHPで
「創作の厳しさ苦しさ、孤独をお互いに抱えたまま、
相手に甘えるということが最後までできなかったように思います」初監督映画「CASSHERN(キャシャーン)」に取り組んだ際も
昼夜を問わずスタッフルームにこもり、不眠不休そのもの。
食事もろくに取らず、脇目もふらず打ち込んでいた
打ち合わせでもスタッフに対して正論をかざし、自己主張も人一倍激しかった。
もしも宮沢賢治だったら言いそうなこと
「口をすすいでさっぱりしてから行こう
こんなにきれいな野はらだから
これはわたしが妹トシを失った頃の詩の一部です
その頃はこうして無理に己に言い聞かせておりました」
(白い鳥より)
別れる二人は、無理にでもそんなふうに思っているかもしれません
ただし気にかかるのが
「創作の厳しさ苦しさ、孤独をお互いに抱えたまま、
相手に甘えるということが最後までできなかったように思います」
夫君は33歳のとき、細君は19歳のときの結婚なんだから、
男のほうは
アーティストのような表現者のその特殊な孤独を承知した上で
宇多田ヒカルを包み込んであげると約束をしたはずです
今頃言うことじゃないというか…
離婚するのはふたりの決断だからいいけれど
このコメントだけみると
やけに未熟な男じゃないかという感想を持ちました
2007年02月26日
芝浜で幕というのもイキだけど
円楽“引き際”自覚で引退表明
現代落語界の重鎮の1人で“円楽一門会”を率いる三遊亭円楽(74)
「引き時ってものがあるから、まずは25日の国立名人会(国立演芸場)『芝浜』次第」と語っていた。その25日に国立名人会でトリとして「芝浜」を約45分間、きっちりと演じた終演後の会見で
「
だめでした。こんな噺(はなし)をお客さまの前でやるのは情けない。今日が引退する日です。ろれつが回らず、噺のニュアンスもうまくいかなかった。2割5分や3割ではダメ。10割じゃないと」円楽は会見の後に幕が下りるまで、深々と高座で一礼した。
もしも宮沢賢治だったら言いそうなこと
「円楽師匠、ご苦労様でした
これからは巻雲の中やあるはわずかにかすむ青ぞらに
静かにかかっていらせられるお月さまのように
古風な弧光のやうにお過ごしください 」
(普光天子より)
「芝浜」は方城のいちばん好きな大ネタです
これを聞けば噺家(はなしか)の力が知れます
今の噺家の中では、家元立川談志師匠がいちばん好きです
落語は人の業(ごう)を語る芸だと家元立川談志師匠は言っています
ご隠居さんも侍も丁稚も大工も商売人も
みんな欲も得もごちゃまぜの人間臭い世界です
新庄や中田のようにさっと転進するのは粋(イキ)ですし
政治家の老害なんかは問題外です
ただ、業の深さを笑いで伝える落語家は
円楽師匠のように身を引くのもかっこいいですし
よれよれだらだら、よだれを流してでも高座にしがみつくのも
なんだか、惹かれます


