○注文の多い料理店
2007年11月05日
わけのわからないところ
少しずつ手がかりをつかんでいって
わけのわからないところへ行きたい
糸井重里のコピー
方城の大好きな言葉です
わたしたちはどうしても
自分が何者か、どこにいるのか
考えずにはおれない生き物です
それなしには恐ろしくてとてもまともには
この世界と向き合えないからです
そう思わせる大脳の発達が
人類の文明や文化ををここまで導いてきたとも言えます
でも多くの先人が喝破しているように
どこまでも突き進んだ先にあるのは
「自分には何ひとつわかっていない」という真理かもしれません
宮沢賢治の童話集『注文の多い料理店』の序文にも
この「わけのわからない」という言葉が使われています
なんのことだか、
わけのわからないところもあるでしょうが、
そんなところは、わたくしにもまた、
わけがわからないのです。けれども、わたくしは、
これらのちいさなものがたりの幾きれかが、
おしまい、
あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、
どんなにねがうかわかりません。
宮沢賢治の作品に勧善懲悪というのはあんまりなくて
白と黒が混ざり合うようなものがやたら多いように感じます
なめとこ山の熊では
熊撃ちの小十郎がさんざ熊を狩った後に熊に殺られると
獲物の森の動物たちからハレルヤのイメージで天上へ見送られるし
土神ときつねでは
見栄を張って恋に勝利しようとする狐に嫉妬をした土神が
キツネを地べたに投げつけてぐちゃぐちゃに踏みつけて殺して
途方もない声で泣き出すし
一読するだけではわけのわからないものがごろごろあります
おそらく宮沢賢治は心底、自分自身のことも含めて
「わけがわからない」と感じていたのでしょう
この世は、人間は、自分は
なんともわけのわからないものだと言う惑いが
そこかしこに見られるのが宮沢賢治の世界です
この世は白か黒かじゃなくて、
きっちりふたつに切り分けられないあいまいなもので
その濃淡も境界域も刻一刻と変化している宇宙4次元世界です
人が成熟するということは
日々を何かにとことん全身全霊をささげ続けた者だけが
そのあいまいさ、わけのわからなさを知っていく
ということかもしれません
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2007年03月08日
ゴクミママもふわふわした人なんでしょう
ゴクミ出産「別の星からやってきたすてきなふわふわした生き物」
スイス・ジュネーブ在住の女優、後藤久美子(32)が、
先月第3子となる男児を出産。
3250グラムで、夫はフランス人の元F1レーサーのジャン・アレジ氏(42)で、
入籍はしていない“事実婚”。後藤は、
「かわいくてたまらない。例えるとしたら、別の星からやってきたすてきなふわふわした生き物って感じ」
とコメントを寄せた。
もしも宮沢賢治だったら言いそうなこと
「わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも
きれいにすきとほった風をたべ、
桃いろのうつくしい朝の日光を
のむことができます。そんなことがあるわけないとお思いなら
生まれたばかりの赤んぼをごらんなさい
みんなそうしているでしょう」
(注文の多い料理店 序から引用)
ゴクミにはとくに関心ありませんでした
でも冒頭のコメントをみて
見直しました
ファンシー(宇宙人的?)なコメントを連発する斉藤由貴ママに匹敵する
ふわふわした人柄のよくでたコメントです
おめでとうございます、お幸せに
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2006年11月10日
世の中お金じゃないけれど
2006年11月10日金曜日
13の月のリズム(マヤ暦)
自己存在の月の24日
困難から逃げないことを心に言い聞かせる日
空の月のリズム
今日から下弦期
高揚していた精神と肉体のエネルギーが
落ち着き始めます
ものごとを静かに考えるのに
いちばんいい時期です

今日は「肢体不自由児愛護の日」だそうです
1953年(昭和28年)に肢体不自由児協会の主唱で始まったそうで
12月10日までが「手足の不自由な子供を育てる運動」期間です
手足の不自由なお子さんとその親御さんのご苦労はいかばかりか
子どもさえいないわたしなんかには何も言えない
それでもこうやって、わたしみたいな者でも関心を引く
こういう記念日は大切ですね
「肢体不自由児」がらみでこんな記事を見つけたので書きます
kumajinomamaさんには「手足の不自由な」障害者の娘さんがいらして
だんなさんを10年前に亡くして
それから10年間だんなさんの生命保険の終身年金が保障の満期を迎えたそうで
その通知書を受け取ったさいのコメントだそうです

「世の中お金じゃないけれど! 」
障害者がいてもいなくても親は老いる。
パートナーが居なくなることだって当然あり得る。
その時介護と生活をどのようにして立て直していくか考えたことありますか?私は脳天気で真剣に考えたことが無く、
介護をしっかりやるのが自分の使命と思っていた。
夫は先の計画を持ち、障害者の娘と私が暮らして行く術を考えていたようだが、
それは実現せず、その後は流れのままに・・・それは取りも直さず未だに夫の浮かべた船に乗っていることなのだろう。
一人で頑張ってきたなどとはずうずうしい。
そんな私が言うのもおかしいがこれからの障害者の親には。
実際にそれが降りかかる前に!
世の中お金じゃないけれど、お金も必要!
1枚の通知書からそんなことを考えた。kumajinomama

生き物は霞(かすみ)を食べて生きていけないからねえ
私たちはきれいに透きとほった風を食べ、
桃いろの美しい朝の日光をのむことができます(注文の多い料理店 序文)
と書いた宮沢賢治さんだって、
現実にそれだけでは飢え死にしてしまったことでしょう
お金にとらわれ使われる情けない人にならないように
お金にきたないみったくない人にならないように
ただしせめて
ひもじい思いをしなくてすむ、ふつうに暮らせるくらいのお金には
不自由しないようでいたいとは
わたしたちみんなの願い

お金のあるときお金のないときの繰り返しが暮らしのリズム
(公務員家庭でもいまどきは安定してるとは言えない時勢だし)
でも小さい家族や障害をもった家族のいるご家庭は
「お金のないときもある」じゃすまない
お金のことも真剣に考えて、
家庭を設計していかなきゃいけない
世の中もみんなで助けていかなきゃいけない
ゆるゆるかぷかぷの暮らしのリズムは
寝ていても向こうからやってきてはくれないもんね
カスタードでした


