○グスコーブドリの伝記

2006年07月12日

無農薬栽培の夢に向かう人

●太陰暦(旧暦)6月(水無月みなづき)17日
 正午月齢16.5 日
 今日もほとんど満月
 満月の光は、その人がその時にもっている力を強めます
 いいことを考えればいい力が増し
 悪いことを考えれば悪い力が増す
 そんな日ですよぉ☆ヽ(▽⌒*)
●13の月暦(マヤ暦)13月16日
 待ちに待ったできごとがあなたに訪れる日
 そのできごとに出会うには、
 こちらから積極的に動くこと

 待ちに待った出来事に出会える?
ホント?
なんだかわからないけど、アンテナ、ふだんの100倍
ピンピン張りまくりましょうp(´∇`)q

「自分の畑で無農薬栽培をする!
畑を潤す水のこと、その水を生み出す森のこと、周りの景色や生態系・・・。
農業が生態系の一部となれるようにする!
 その夢をかなえるために
県立農業大学校研修課(窪川アグリ体験塾)に入学して
週に2日は本山町の有機農業農家で研修中の
若者、
東京でリクルートに勤めてた彼
その名は寺尾クン」

         高知のモノ・コト・ヒトカタログ農を豊かに語る人から

 これは去年の9月の記事
寺尾クンはもう自分の農地を持って、
かわいい奥さんと有機栽培に乗り出してるのかな?

 夢は待っててもかなわない
こちらから夢に一歩でも近づいていかないと

 今日は若い彼から勇気をもらったお話でした(o^-')b
 
 

★自然のリズム気の流れ 宮沢賢治

 グスコーブドリの伝記

 「それから三四日たちますと、気候はぐんぐん暖くなってきて、
 その秋はほぼ普通の作柄になりました。
 そしてちょうど、このお話のはじまりのようになる筈の、
 たくさんのブドリのお父さんやお母さんは、
 たくさんのブドリやネリといっしょに、
 その冬を暖かいたべものと、
 明るい薪で楽しく暮すことができたのでした。」

 ブドリの命に代えた行為は
人々に暖かいたべものと、 明るく楽しい暮らしを与えました
これが
宮沢賢治さんが待ちに待ち
身を削ってその実現に一生努力をし続けた世界でした



★“もっと野菜をもっと果物を”かぷかぷ商店
いつか開きたいカスタードが書いてます
( ´ー`)y-~~
 さあ今日もまたあなたもわたしも
ナチュラルでhappyな1日でありますように
o(*⌒O⌒)b

hojo123 at 00:00|PermalinkComments(4)TrackBack(3)この記事をクリップ!

2006年05月31日

個体より全体の仕組み

 月齢 3.9 日 

 X51.ORGさんの記事で植物に感情は存在するか
 「植物は例えば動物や地虫によって食べられそうになった際には
 ラヴェンダーのような臭気を発して、周りの植物に捕食者が近づいているという事を知らせ、
 更にそうした臭気でスズメバチを呼びよせ、
 植物に近づく地虫を補食、
 もしくはその卵に針を刺し殺してもらうことで自身の安全を守るというのである。」

 こういう話を聞いてつくづく思うのは
自然界って
個体でなくて
全体の生き残りのための工夫が随所にあるんだなあっていうこと
レ( ̄ー ̄)

 植物全体にしてみれば
仲間の一本の草花の命なんてどうってことない、
 動物や地虫に食べられていく個体のほうも
自分が食べられるのはあきらめても
残った同一種や周りのほかの植物が
生き延びて子孫を増やしてくれたらいい
 どう考えてもそういうことでしょ、この仕組みは。
 同じ種族だけでなく
植物みんなに警報発するところに
尋常ではない神さまの計らいを感じます
(σ┏Д┓ ̄)

 人で言うなら
わが子のためなら自分の命なんて二の次だというお母さん!
人様のためにわが身を捨てたという古今東西のたくさんの感動のお話!
 (┯_┯) ウルル
 人間も自然の仲間だからなんでしょうか?
こういう自己犠牲の行動をとれる人が現にいるということは!

 自然という大きな流れは個体よりも全体にいつも目を配っているのでしょう
わたしたち人間は個体を大事にする意識を持って生まれついているからことはめんどうだけど
自然のリズム気の流れを自分の力で取り入れも手放しもできる力もいっしょに持っている
 この力を恵まれた生まれつきと感じて生きていきたいものです
σ(^^)

 
  ★自然のリズム気の流れ 宮沢賢治 グスコーブドリの伝記 

 「先生、あれ(カルボナード火山島)を 
 今すぐ噴かせられないでしょうか。」

 「それはできるだろう。
 けれども、その仕事に行ったもののうち、
 最後の一人はどうしても遁げられないのでね。」

 「先生、私にそれをやらしてください。
 私のようなものは、これから沢山できます。
 私よりもっともっと何でもできる人が、 
 私よりもっと立派にもっと美しく、
 仕事をしたり笑ったりして行くのですから。」

 宮沢賢治さんは物語の中だけでなく
実際の暮らしでも
身を犠牲にして
続く世代のために農民のために
生きた人でした
 
 
 ★自然のリズム気の流れのお店
そのうち開店したいなあ
( ´ー`)y-~~

hojo123 at 00:01|PermalinkComments(14)TrackBack(43)この記事をクリップ!

2006年03月31日

グスコーブドリの伝記 宮沢賢治の教育

月齢 1.7日 

■総合的な学習の時間とは何か

 読売新聞北海道版で、わたしの太極拳の師のヨコさんが
学力低下 今、学校に何が必要か(2006年3月24日)
という対談に登場している。

 「北海道の小学校で、学力対策の責任者となっているのが各校の「教務主任」。
 札幌で奮闘中の教務主任に、
 子供、教師、親を取り巻く現状や課題、
 学校での最新の取り組みなどについて語ってもらった。」

 学力向上のために興味深い取り組みが述べられているので、
学校の先生がたはぜひ目を通すとよい。

 さて、わたしがもっとも興味を引かれたのは下記の部分だ。

「 ――「学力」と「心」は、どう関係しているのだろうか。

 横藤「子供は知識の入れ物ではない。
    そもそもよりよく生きよう、伸びようとする力を持っている。

    学びには、三つのHが必要。
    「ハート」(心情)、「ハンド」(活動)、
    そして「ヘッド」(知識・理解)だ。
    この三つが、一人一人の子供の中でつながって、
    はじめて本物の学力が形成される。
    学力向上が「ヘッド」のみを対象に展開されるとしたら、
    日本の教育に大きなマイナスになる。

    今、「総合的な学習の時間」を減らして学力向上を、
    という声も大きくなってきているが、
    それでは子供たちの心を狭めていく。
    実は生活科や総合の指導は、他教科に比べて難しい。
    単に指導から手を引いて、
    子供が思いつくことをさせるのではいけない。
    三つのHがつながるような学習を
    展開させなくてはならない。             」

 わたしは教育界の人間でないので
総合的な学習の時間とは何なのか、さっぱり知らなかったので検索してみた。

 文部科学省によれば
文部科学省「総合的な学習の時間」応援団のページ

 「子どもたちに自ら学び自ら考える力や学び方やものの考え方などを身に付けさせ、
 よりよく問題を解決する資質や能力などを育むことをねらいとして、
 創意工夫を生かしながら具体的な学習活動を定めていただきたいと考えております。」

 信じられないことだが、いくら読んでも、正味、詰まるところ、これだけなのだ。
目的はこうだから、あとは各校各先生で工夫してくれ、というのがこの制度なのだ。


■ずばりの見解 

「総合的な学習の時間」がわかりにくい理由

「例えば、「今の若者は指示待ち人間になっている」という不満は、
そのまま「主体性を育てる」につながります。

「今の若者はマニュアル人間になっている」という不満は、「自ら課題を発見し、解決していく力を育てる」につながります。

「今の子どもたちは頭でっかちで体験不足である」は、
「知識偏重から体験重視へ」になります。

「学校で学んだことが役に立たない」という不満は、
「社会的要請に応える横断的・総合的な教育内容」となります。 」

 つまり、「総合的な学習の時間」とは文部科学省が
今の教育に対する世間のの不満をすべてまとめ、
それをこの時間の中で全部解決してくれ、
やりかたは各校各先生に任せる、
と放り投げたものだというのだ。

 信じられないが、調べれば調べるほど、本質は確かにこういうものなのだ。
義務教育なのだから、国家が
その方法論や手順の枠組みを与えなければならない。
事例を列挙するだけではまったく用をなさない。
 現場の教師にとってみれば
教科書は渡されず、薄っぺらい合格体験記の小冊子だけ支給されて、
かってにうまく勉強して合格しろと言われた受験生のようなものだ。


■総合的な学習の見直しの声は当然だ

 ヨコさんのような
やる気も教える力も充実したレベルの先生方には腕の鳴る待ってましたという制度だ。
一方その他おおぜいのやる気にない教師ややる気はあってもそもそも教える力のない教師には
授業計画づくりに四苦八苦し、見直しを歓迎するのが当然だ。

 義務教育で、教師の資質に頼りすぎる教育制度はなじまない。
と言うか
 ものすごく少な目に見て
小中学校の先生の10人にひとりがダメ先生(やる気がないか、教える力がない先生)だとする。
日本に国公立の小中学校の先生はおよそ65万人だ。
そのうちの10%、6万5千人のダメ教師に習う子どもの数はその20倍として130万人だ。
これだけ控えめにしても100万人以上の子どもたちが
総合的な学習の時間を無為に過ごしている。


■宮沢賢治ならどう答えるか

 小学校、英語を必修に、という議論がさかんだが、
どうか同じ轍を踏まないようにしてもらいたいものだ。
 少なくとも、できればネイティブの英語専任教師を置かないと
すぐ崩壊する。

 さて、
 「子どもたちに自ら学び自ら考える力や学び方やものの考え方などを身に付けさせ、
 よりよく問題を解決する資質や能力などを育むこと」
はねらいとして大賛成だ。

 また
「自ら課題を発見し、解決していく力を育てる」
「知識偏重から体験重視へ」
「社会的要請に応える横断的・総合的な教育内容」
も教育の目的そのものだ。

 総合的な学習の時間を批判する以上
その代案を提示しなければならない。
 代案のない批判を、私は軽蔑する。

 さてこのとてつもなく大きなテーマに、宮沢賢治はどう答えたか?
これが今日のテーマだ。
(前段が長すぎますね、まったく)

 まずグスコーブドリの伝記を読んでみよう。

 グスコーブドリの伝記は、
幼い頃に飢饉によって両親の死やそれに続く辛い経験をした主人公グスコーブドリが、
独学で道を拓いて火山学者となり、
旱魃(かんばつ)や冷害などに立ち向かい、
最期は民衆を守ってわが身を犠牲にするという内容の物語で、
宮沢賢治36歳(亡くなる前の年)の作品だ。


■自然のリズム気の流れ 宮沢賢治 グスコーブドリの伝記

『 ブドリはいろいろな思いで胸がいっぱいでした。
 早くイーハトーブの市に着いて、あの親切な本を書いたクーボーという人に会い、
 できるなら、働きながら勉強して、
 みんながあんなにつらい思いをしないで沼ばたけを作れるよう、
 また火山の灰だのひでりだの寒さだのを除く工夫をしたいと思うと、
 汽車さえまどろこくってたまらないくらいでした。
 汽車はその日のひるすぎ、イーハトーブの市に着きました。          』


■雲からも風からも透明な力がそのこどもにうつれ by 宮沢賢治

 これが宮沢賢治の答えだ。
学校の勉強だから、先生や親が勉強しろと言うから勉強するのではない。
子どもの中に、流れ込んでいくのだ。
どうしたらそんなことができるのだろうか?
それはブドリの思いに表れている。

 何もブドリのように親を飢饉で失うという悲惨な体験をしなくてもいい
というか、させてはいけない。
 日常の生活や体験の中から
どうしても知りたい、学びたいという必要を子ども自らが感じ取るとき
子どもは勝手に勉強にのめりこむ。
知識が知恵が子どもに流れ込むのはそういうときだ。

 子どもたちに、日々、豊かな生活体験を積ませ、問題意識を刺激してあげること、
それは
家庭でも教師でも
心がけ次第でいくらでもできることだ。

 たとえば郷土の歴史は、何も学校の総合的な学習の時間で取り上げなくとも
ふだんから親や先生が折に触れて伝え、たまに由緒ある土地をめぐり歩き
手をつないで祭りを歩けばよい。
 歴史、地理、伝統、地域、農業、豊作、神社寺神さま、産業
いくらでも話は続く。

 たとえば振込み詐欺のニュースのたびに
家族でクラスで
どうしてあんなにかんたんな詐欺に引っかかるものなのかと
話をしてみたらいい。
 お年寄りの暮らしぶり、身体の不自由さ、肉親と離れて暮らす心細さ
いつも子どもに手をさしのべてやりたい親心
現代社会の福祉のありよう、パニックに陥る人間心理の不可思議さ
話のネタは尽きない。
 
 我が子が何に触発されて何に興味を持って何に意欲を持つのかを楽しみに
子どもにさまざまの刺激を与え
子どもの自発的な取り組み、学習意欲を育ててあげる。


■家庭と学校の役割分担

 わたしは思うのだ。
学校制度は学力の底上げに徹する。
文部科学省もその支援に徹する。
 先生や親たちは、勉強したいという子どもの動機付けに
ふだんから心を砕く。
 これがいちばんシンプルで明確で実効性のある方式ではないかと。
親は、なんでも学校に求めてはいけない。
学校にも文部科学省にも相当数の教師にも、応える力が欠如しているのだから。


●ヨコさんが何冊目かの本を出しました
どの子も輝く学級づくり 子供たちからの小さなサインの気づき方と対応のコツ
http://www3.plala.or.jp/yokosan/kodomotachikarano.html

 「日々の態度や言葉、図工作品などから子供たちは何気なく、だが確実に何かを求めるサインを発している。
 子供たちが日常で発するサインを読み取り、学級づくりに活かす。
 その方法をわかりやすく伝授。 」

 巻末のかつての教え子からの目頭が熱くなるメールは、まさにヨコさんの実践の姿だ。
わたしたちは会うと、いつもこうだ。

 方城「ヨコさんみたいな教師はそんなにいないんだから、
    教師に期待できないでしょ」
 ヨコ「いや育ってきた先生は何十人もいる」
 方城「何万人のうちの何十人いても足りなすぎでしょ」
 ヨコ「でも、いる」



●「宮沢賢治の風 from 方城渉」はここに全一覧を載せてます
トラックバック・ピープル 宮沢賢治

hojo123 at 10:55|PermalinkComments(3)TrackBack(8)この記事をクリップ!
月のリズム
近ごろの風
テーマ別
モバイルでも賢治の風
QRコード
宮沢賢治の日輪